事務局ブログ(週1回更新)

2015年1月2週目| 庄平が遺してくれたもの

醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフ・こにしです。

すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、Umaki campでみんなに愛されていた
ヤギの庄平(しょうべ)が、老衰のため亡くなりました。

庄平は、瀬戸内国際芸術祭2013で地域をつなぐ場として《Umaki camp》が
建てられたことをきっかけに飼育されることになり、約1年半の間、
馬木のアイドルとしてみんなの心を癒してくれました。
それ以前は、島内の山の中で飼育されていて、Umaki campに来たときには、
すでに老ヤギだったのではないかと思われますが、年齢は正確に分かりません。

私が初めて庄平に会ったのは、2013年6月。初めて小豆島に遊びに来た日のことです。
まだ山の中で暮らしていた庄平に会いに行くと、いきなり頭突きをされたことはよく覚えています。
それから、小豆島に遊びに来るたびに、庄平から頭突きを受けました。

そんなに元気のあった庄平ですが、昨年の5月頃から足腰が衰弱し、
歩くこと、立ち上がることが、だんだんと困難になっていきました。
そして昨年6月には、完全に寝たきりの状態になってしまいました。

壁に頭をぶつけたり、床ズレした庄平の姿は、見ていて辛くなるときもありましたが、
それでも、カボチャや芋の葉、白菜など、ご近所の方にもらったエサをむしゃむしゃと
食べ続ける姿を見ると、元気をもらえました。

昨年末には、食欲が無くなったり下痢をしたりと不調が続いて、もう本当に
お別れが近いだろうとみんなが心配していましたが、なんとか年を越すことができました。

そして、1月10日 午前9時20分、トイレ掃除、シーツ替え、餌やりなどのお世話をしてきた、
Umaki camp管理人の向井くん、小豆島町役場の久綱さんが見守るなか、庄平は息を引き取りました。

小さいながらに立派な告別式が行なわれ、約40人も集まりました。
島外から弔電までいただき、本当に庄平は愛されているとしみじみ感じます。
お花の代わりに、白菜やキャベツをひとりひとり棺に入れお焼香もしました。
庄平はいつもながら口角が上がり、とても穏やかな顔で眠っていました。

覚悟はしていても、やっぱりお別れは辛く悲しいものです。
いつ天国へ逝ってもおかしくない状況になって半年・・・
庄平は一生懸命に生きてくれました。

こどもが差し出すエサは優しく受け取っていたし、ご近所の方の立ち話には耳を傾けていたし、
お世話をする向井くんには甘えて鳴いていたし、まわりの人のことは優しい目で見守っていたし、
ちょこちょこ様子を見に来る私にも、毎回顔を動かしたり小さな声で鳴いたり挨拶してくれていました。

1ぴきの動物のために、みんなが涙を流し同じ気持ちでいられるこの状況は、
庄平だからこそつくり出せたものです。

いま庄平がいた小屋のなかは空っぽですが、小屋のまわりには、
庄平のおかげで交流が深まった人同士のお付き合いがあります。
庄平が遺してくれた、 この状況を大切にしていきます。

ありがとう、庄平。

2014年12月4週目|振り返りとこれから

醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフ・こにしです。

あけましておめでとうございます。
更新がすっかり遅れてしまいましたが、昨年末の出来事を振り返ります。

12月20日、「DESIGNEAST05 in SHODO-SHIMA」が行なわれました。
DESIGNEASTとは、《Umaki camp》や《美井戸神社》の設計を担当した
dot architectsの家成俊勝さん、醤の郷+坂手港プロジェクトのディレクターでもある
原田祐馬さん、多田智美さんらが実行委員を務められている取組みです。

全国から約20名の参加者が小豆島に訪れ、2日間かけて小豆島の文化や暮らしを体感されました。
小豆島を案内したのは、醤油ソムリエや塩職人、オリーブ農家など、島の産業を支える人たちです。

プログラムのなかには、自分たちの食べるものを自分たちで調達する体験が組込まれ、
魚釣りや鳥の屠殺など、都会ではなかなかできない経験がありました。
小豆島の食を通して、産業や文化の魅力を知っていただく機会になりました。

翌日の12月21日は、3つの出来事がありました。

ひとつめは、55回目となる小豆島駅伝競走大会。
土庄町と小豆島町から37チームが参加し、土庄港から坂手港までの
約18kmを8区間にわけてランナーたちが襷をつなぎました。
ゴールの坂手では、ご近所の方が外にでてみんなで応援しました。
1位に輝いた苗羽Aチームに続き、みんなが無事に完走した感動的な大会でした。

午後からはeiのクリスマス会!
園児や小学生が50人近く遊びにきてくれました。ツリーの飾り付けをしたり、クイズをしたりと
賑やかで、子ども同士、保護者同士の交流の場にもなった楽しいひとときでした。

また、サンオリーブでは青年団の演劇《サンタクロース会議》が公演されました。
この日は、サンタクロースの存在を知っている人に向けたアダルト編。
子どもをもつ大人たちがクリスマスに向けて会議を何度も重ねるという物語のなかで、
誰もが幼い頃サンタクロースに夢を抱いていたことを感じ、心がほっこり温まる作品でした。
22日に公演された通常篇は、小豆島町の小学1・2年生が観劇しました。
サンタクロースを信じている子どもたちが劇中の会議に参加できるという作品で、
子どもたちの発言によって物語が展開されました。

作・演出を手掛けた平田オリザさんは、昨年6月に小豆島中学校の生徒に向けて、
演劇のワークショップを開いてくださいました。
ふつう自ら求めなければ出合えない演劇の世界が、自分たちのもとへ来てくれるという
状況は、本当にありがたく、大切にしないといけないものです。

演劇に限らず、たくさんの世界のプロたちが小豆島に何かをもたらそうとしてくれています。
今年は、そんな状況を小豆島のひとつの財産としてみんなで認識し、高めていきたいです。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2014年12月3週目|grafの手づくりクリスマス会

醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフ・こにしです。

12月14日、馬木のみつわ会館・山吉邸醤油母屋にて、grafの手づくりクリスマス会が行なわれました。
grafは、大阪を拠点に家具の製造、デザイン、アート、食、イベント企画など
幅広く暮らしにまつわる様々なものづくりを実践しているクリエイティブユニットです。

瀬戸内国際芸術祭2013では、メンバーそれそれが小豆島をリサーチし、
作品をつくって山吉邸にて展示をされました。それをきっかけに
馬木のみなさんと出会い、いまでも継続して関係を深められています。

今回の手づくりクリスマス会では、grafとみつわ会のみなさんが中心となって、
お料理づくりや会場準備をして、クリスマス会を行ないました。

朝からご婦人たちは、みつわ会館でごはんの準備。
豚汁の具材を切ったり、押し寿司の準備をしたりと、いい香りが広がります。
ご婦人たちのエプロン姿はとても頼もしいです!

その間に、男性たちはgrafチームと馬木散策。
馬木のまちなかを歩きながら、子どもの頃の思い出や歴史について説明していただきました。

子どものころ冬休みの宿題で山にある萩の木でほうきを作ったこと、
昔は塩田がつくられていたこと、変わった風景、変わらない風景、
少し進むだけで、お話がたくさん溢れてきました。

なかでも、歩いているときに聞こえてきた船の汽笛が印象的でした。
馬木は坂手港と草壁港の間にありますが、聞こえてくるのは草壁港の汽笛。
坂手港との間には、山があるのでジャンボフェリーの汽笛は聞こえないそうです。
船によって音の高さが違うことも改めて気がつきましたが、
馬木の人が汽笛でなんとなく時間を把握していることも面白い発見でした。

午後からは山吉邸に移動してクリスマス会の始まりです。
メインイベントは、3メートルの押し寿司!grafがつくった押し寿司の型の登場です。
炊き込みごはんに似たかき混ぜという郷土料理、オリーブの入った鯛飯、
ミョウガとごまを入れたすし飯を、1メートルずつ詰めいきます。

錦糸卵や刻んだオリーブ、太刀魚などをトッピングして押します!
ご婦人のみなさんの手際の良さには驚かされます。

型を抜くと、華やかな押し寿司が完成!

一方では、体が温まる豚汁もできました!

デザートには、子どもたちが焼いたホットケーキ!

grafのまりさんによるおしゃれなハーブティーも揃いました!

どれも本当に美味しくて、お腹いっぱいいただきました。
地元の食材、grafのレシピとアイデア、馬木のみなさんの力が合わさり
本当に楽しいクリスマス会になりました。
大阪と小豆島では少し距離がありますが、このようなイベントや準備によって、
馬木のみなさんとgrafの関係はどんどん強いものになっています。
朝から準備は大変だったかもしれませんが、みんな笑顔で帰っていきました。

もうひとつ嬉しかったのは、この会に坂手の人が参加していたことです。
他の地区の集まりには参加しにくい気持ちもあったと思いますが、
「坂手でも何かできるかもしれないから勉強のため。」と来てくれたことに感動しました。

小さな島といっても集落による個性があるので、その個性に合わせた動き方が必要だとは思います。
ただそれも模索しながら進んでいる状態です。厳しい意見をいただくこともありますが、
こんなふうに一緒に前向きになれる方がいることに本当に感謝しています。

2014年12月2週目|愛のバッドデザイン in 小豆島

醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフ・こにしです。

醤の郷にある《オリーブのリーゼント》でお馴染みのデザイナー清水久和さんと、
グッドザイン賞の事務局で活躍されている鈴木紗栄さんが来島され、
12月2日、《愛のバッドデザイン in 小豆島》のワークショップが行なわれました。

「愛のバッドデザイン」という言葉は、はじめて聞くと意味がわからないと思います。
バッドと言っても決して悪いという意味ではありません。
愛のバッドデザインとは、誰もが見た事があるにも関わらず、
日常に溶け込んでいることからとくに評価も注目もされず、脚光を浴びていないもの。
でも、よくみるとなんだか愛嬌があったり、気になったりするもののことです。
清水さんは、そのようなものの面白さをデザインの視点で着目し、
洗練されたグッドデザインに対して、「愛のバッドデザイン」と名付けました。

《愛のバッドデザイン in 小豆島》では、小豆島町と土庄町の青年会議所、商工会青年部の
メンバーが、小豆島の魅力発掘のため「愛のバッドデザイン」を写真に撮って集めています。

第3回目となった今回のワークショップでは、これまでのものとあわせて約500枚の作品が集まりました。
ただ写真を見ても、なんだこれ?と思うものばかりかもしれませんが、どんなところに愛を感じたのか、
面白いと思ったのか言葉にすると、一気にその作品の楽しさが伝わって来ます。

みんなで投票しあって人気のあった作品をいくつか紹介します。
(どのあたりに愛を感じたのかは私の想像で紹介します。)

窓ガラスの模様。主張しすぎない大人しい柄なのに、曇ったガラスを指でくるくるなぞった
ような無邪気さも感じさせる模様。子どもっぽさと大人っぽさの両方を感じます。

いつからここにあるのかは分からないけれど、ずっと家族を見守っているフック。
取り付けられた日の記録が、くるくる回した跡として壁に刻まれています。

ビニール風呂敷。無地でもいいのに、わざわざ豆絞り柄になっているところに、
本物の風呂敷への敬意を感じ、なんだか誠実な印象を受けます。

他にもまだまだあります。

この取組みは、瀬戸内国際芸術祭2016にむけてさらに展開する予定です。
内容は、清水さんと鈴木さん、小豆島メンバーで作戦会議をして決まっていきます。
今回のワークショップの際にも、さまざまなアイデアが生まれて来ました。
デザインやアートに触れる機会が少なかった小豆島のメンバーが主導となることで、
じわじわとこの取組みが小豆島全体に広がっていきそうです。
誰もが参加できることなので、もっともっと輪が広まればいいなと思います。

瀬戸内国際芸術祭2016をみんなで盛り上げようという意気込みを感じ、
私自身とても勇気づけられたワークショップでした。

2014年12月1週目|FabLabワークショップ

醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフ・こにしです。

12月になり小豆島は急激に寒くなりました。
ついこの間まで紅葉していた寒霞渓は、雪で白くなりました。
瀬戸内の島ということで、温かいイメージをもっていましたが、想像以上に寒くて驚いています。

11月最後の週末は、FabLabのワークショップが2日連続で行なわれました。
11月29日はUmakicampにて、はばたき飛行機をつくるワークショップ。
FabLab北加賀屋のメンバーのひとり高橋祐介さんが講師となり、
約10名の子どもたちと一緒に、はばたき飛行機をつくって飛ばしました。

はばたき飛行機とは、コウモリのようにパタパタと羽ばたく飛行機です。
ビニールでできている羽には、みんなが思い思いの絵や柄を描きました。
3Dプリンターで作られたパーツに輪ゴムをかけ、ぐるぐるねじることで動力が生まれます。

飛ばし方にはすこしコツがいるようでしたが、みんな上手に飛ばしていました。
パタパタパタと羽ばたく音は、コウモリや大きなチョウチョのようです。
いつのまにか大人たちも、子どもに負けないほど夢中になって飛ばしていました。

高橋さんは、いろんな形の羽ばたき飛行機を持ってきておられ、
なかには鳥のような大きなものもありました。空を飛ぶ姿は気持ち良さそうに
羽ばたく鳥そのもの。Umakicampの広場は歓声に包まれました。

翌日の11月30日には、eiにて小豆島オリジナルのゲームを行ないました。
このゲームは《小豆島ごはんクエスト》といい、FabLab北加賀屋のみなさんが
1週間の滞在中に小豆島をリサーチしてつくられたものです。

小豆島の郷土料理を完成させるため、各港(マス)に置かれた食材(チップ)を
集めるというもので、サイコロの目の数だけ各港を進みます。
たとえば、魚、お米、お醤油のチップをあつめると、小豆島名物ひしお丼が完成して、
自分のポイントになります。遊びながら小豆島の郷土料理を学べる楽しいゲームです。

この各港(マス)に置かれたコマは、ゲームの前にそれぞれがつくったものです。
紙に自分の絵を描き、パソコンで読み取りってレーザーカッターで板に彫ります。
レーザーカッターが絵を彫る様子を、みんな感心しながら見守りました。

普段なかなか見られない機械に、みんなワクワクしたと思います。
FabLabが小豆島にもできたらいいなとの声もたくさん聞きました。私も本当に実現してほしいです。
今回はその第一歩として、自由なものづくりの可能性が少しずつ広まった一週間でした。

2014年11月4週目|FabLab小豆島がやってきました

醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフ・こにしです。

寒霞渓の紅葉が見頃になった3連休は、観光客の方がたくさん訪れました。
小豆島の中心に位置する寒霞渓は、日本三大渓谷美のひとつとされています。
東西に7km、南北に4kmに広がる渓谷はこの時期、緑・黄・オレンジ・赤と彩り豊かに染まっています。

寒霞渓にはロープウェイがあります。こんな壮大な紅葉ははじめてみました。
片道約5分の間に窓の外には、瞬きするのがもったいないくらいに美しい絶景が広がります。

そんな紅葉の見頃がピークを迎えた今週、大阪からFabLab(ファブラボ)北加賀屋のみなさんが来られ、
一週間限定のFabLab小豆島を開いてくださっています。

FabLabとは、多様な工作機械を備えた市民工房のネットワークで、自由なものづくりの可能性を拡げ、
「自分が使うものを、自分でつくる文化」をつくることを目指しています。
世界中に拠点があり、日本では北加賀屋を含め11ヶ所のFabLabがあります。
今回は、小豆島での今後のものづくりの可能性を探り、開拓するために、
一週間限定で小豆島にFabLabを設けることになったというわけです。

その第一歩として、24日は旧醤油会館で、ものづくりに関する映画を2本上映しました。
ひとつめの《Maker》は、アメリカのMakerムーブメントの火付け役となった
クリス・アンダーソン氏をはじめ、先駆者たちを取材した作品です。
ふたつめの《Making,Living,Sharing》は、ノルウェー出身のデザイナー
イェンス・ディヴィク氏が世界中のFabLabを訪ね、アイデアの公開・共有によって、
ものづくりの発展のあり方を捉えた作品でした。

著作権や特許法によって企業や開発者を守ろうという考えが一般的ななかで、
アイデアをオープンにして、世界全体のものづくりの質を高めようという考えは新鮮に思えます。
ただ、ものづくり全体を底上げするためにはとても自然な考え方です。
誰もがものづくりに参加できる状況づくりという点で、FabLabの考え方そのものが
詰まっている作品だったと思います。

25日から29日までの5日間は、夜にUmaki campでFabBarが開かれました。
バーカウンターの中には、FabLab北加賀屋のメンバーが立ち、
食べたり飲んだりしながら、ものづくりについて話せる場となりました。

バーカウンターの手前には、3Dプリンターやレーザーカッターなど
普段はなかなか見られない貴重な機械たちが設置されていました。

カウンターの上にある、オリーブの葉のかたちをしたものは、
オリーブの新漬けをすくうためのスプーン。これは3Dプリンターでつくられました。
使い易いかどうかはともかく、「こんなものがあったらいいな」という
ちょっとした閃めきが、この機械たちによってすぐに形になっています。

こちらは、馬木ひしお会のマークやわたしの落書きが、レーザーカッターで
彫刻されたノート。簡単にオリジナルの作品をつくれる状況を目の当たりにすると
ワクワクしないわけがなく、バーにきたみんなが胸をときめかせているように感じました。

この光景を眺めながら、本当に素晴らしい状況だとしみじみ感じました。
いままでは、クリエイターや移住した若者が、なにやら頑張っているからと
地元の方に気にかけてもらえることがたくさんありました。もちろんそれは本当にありがたいことです。
ただFabBarは、面白そう、関わってみたいと、自分の興味に動かされて集まってくれているように感じました。
これこそが、私たちが目指していた関係です。感激しました。

あまり文章や写真からは伝えられていないかもしれませんが、
これからの展開に期待が高まった夜でした。

2014年11月3週目|作品にお別れしました

醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフ・こにしです。

11月17日は、《小豆島の光》お別れセレモニーが開かれました。
《小豆島の光》は、瀬戸内国際芸術祭2013で制作された、
台湾アーティストの王文志(ワン・ウェンチー)さんの作品です。
中山の美しい棚田のなかに建てられたこの作品は、地元の竹を約5000本
使ってつくられており、地元の雰囲気や風景にすっかり溶け込んでいます。

私は小豆島にはじめて遊びにきた日にこの作品を見ました。
のどかな棚田の景色のなかに、異質で異国の雰囲気がある大きな作品が
調和している不思議さに面白みを感じたことを覚えています。
作品内は床も壁も、ドーム状の天井もすべて竹で出来ていて、
その隙間から漏れる外の光が、癒しの空間をつくり出していました。

瀬戸内国際芸術祭2013の会期終了後は、危険防止のため作品内への
立ち入りは禁止になっていましたが、お別れセレモニーは特別に
作品のなかで行なわれました。
雨風にさらされて劣化しているのかと思っていましたが、綺麗なままで
天井の穴からは明るい光が差し込んでいました。

セレモニーでは、塩田町長、中山自治会長の武田さん、
香川県観光交流局長の安松さん、中山農村歌舞伎保存会長の矢田さんから
それぞれご挨拶がありました。

雨が降るなか、池田保育センターの子どもたちも来て合唱してくれました。
子どもたちの一生懸命な歌声には元気をもらえました。

ワンさんは来られませんでしたが、台湾からメッセージをいただきました。
ワンさんは、《小豆島の光》をつくる3年前の瀬戸内国際芸術祭2010でも
同じ場所に《小豆島の家》という作品を建てられておられます。
そうした経験から、小豆島はワンさんにとって思い入れのある場所になっているようで、
メッセージには、3作目をつくりたいとの思いが綴られていました。

《小豆島の光》が無くなるのは寂しいですが、同時に次の作品への期待も高まります。
小豆島には他にもいくつかの作品があり、どれもすっかり地元に溶け込んでいます。
著名なアーティストの作品がまちなかにあるという状況はとても贅沢なことですが、
それを受け入れる地元の方の力で、その魅力が継続していくものなのだと思います。

2年後に開催する瀬戸内国際芸術祭2016がより楽しみになった出来事でした。

2014年11月2週目|石の文化を学びました

醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフ・こにしです。

大阪城の石垣に、小豆島の石が使われていることはご存知でしょうか。
私は半年前まで大阪城のすぐ近くに住んでいて、ダイナミックな石垣には何度も
感動していましたが、あの大きな石が海を渡ってきていたとは知りませんでした。
小豆島に来てすぐそのことを知りましたが、大阪城といえば豊臣秀吉のイメージが強かったので
時代を勘違いしていました。大阪城の石垣は、徳川家が再建したときに作られたものだそうです。
その頃からすでに小豆島では石文化が盛んでした。

そんな小豆島の石文化や、古くから残る石丁場の魅力を伝えるため、11月8日・9日の2日間、
「石の文化誕生シンポジウム」が行なわれました。今年で4回目の開催です。

11月8日は石の文化クルージング。
小豆島の南東部にある草壁港から船に乗り、北東部にある福田港まで、
時計回りに進みながら、小豆島に残る石や地形を観察しました。

まずは草壁港すぐにある「弁天島古墳群」。
この弁天島は三都半島と田ノ浦半島に囲まれた内海湾に浮かぶ島です。
ここは、もともと郡集墳といわれており、1999年の調査で積石墳墓1基と箱式石棺5基が確認されています。

この古墳の特徴は、島外から持ち寄った石材で二重構造にお墓が作られていること。
なぜ島外の石材が使われたのかは、まだ分かっていません。
そして、わざわざ波打ち際につくられていることも、もうひとつの特徴です。
現在では波の浸食を防ぐため花崗岩が置かれていますが、説明くださった石野博信先生は、
古代の人たちがやがて海に帰ることを期待して、わざと波に浸食される場所にお墓を建てたのではないかと
考えておられます。というのも、このお墓に眠るのは東瀬戸内海を仕切った「海の人」だそうです。
そういわれると、時間をかけて浸食されている状態にもロマンを感じざるを得ません。

次に向かったのは、「千振島(ちぶりじま)」。
小豆島の北西部に浮かぶ周囲約1.5kmの小さな島です。
黒田官兵衛の孫にあたる黒田忠之がここから採石したという記録が残っているため、
千振島は、黒田家が大坂城普請のために採石した丁場であったと言われています。
それを物語るかのように、島の周りにはいくつもの巨大な花崗岩の塊が海からのぞいており、
そのなかには、矢穴(石を割るための穴)が開いた岩が確認されています。
他の記録文書によると、ここでは大坂城普請後、100年経った後も商人たちによって石が切り出されて
いたそうです。このような記録がきちんと残されていることも素晴らしいことです。

その次に、観察したのは「亀崎丁場」。小豆島の東側の岩谷(いわがたに)地区にあります。
ここでは、花崗岩の風化帯構造が観察できます。ごろごろとしている岩を「コアストーン」、
その間に縦横に入っている亀裂を「節理」といいます。花崗岩に1m以上の間隔で節理が入ると、
コアストーンができるとのこと。これは瀬戸内海で観察できる特異な構造だそうです。
最近訪れた重ね岩もコアストーンだそうで、もう一度観察しに行きたくなりました。

最後に行ったのは「水ノ子礁」。岩谷から約6km沖に位置します。
座礁岩としても知られるそうで、船の運転手の方もとても慎重でした。
ここには、石垣用と思われる石材が海底にたくさん確認されており、
石材を小型船から大型船へ積み替えしていた場所として考えられています。
まだ謎が残されていて、現在は同志社大学文化遺産情報科学研究センターが調査を続けています。

1日目だけでこんなに盛りだくさんでした。
2日目の11月9日は、午前にジオサイト探訪、午後はシンポジウムが行なわれました。
午前中のジオサイト探訪では、あいにくの雨でしたが班ごとに3カ所を巡りました。

私たちが最初に行ったのは「豆腐石丁場」。
山のなかを150m程進むと、突然現れた巨大な岩。たしかに豆腐のようにきれいな四角い形をしています。
これは黒田家がお城の石垣の角石(石積みの角)のために切り出したものと考えられています。
石には黒田家の印のひとつとして使われた渦巻き紋が残されていました。
石に刻まれている点線上の穴は「矢穴」と言われ、石を割るために開けられたものです。
この矢穴は幅が10cmほどあり他のものより大きいです。矢穴が大きいものほど古いと言われています。
横向きに線がついていますが、この向きに割るのは力学的に不可能だそうで、
渦巻き紋が横向きになっていることからも、石を倒して割るつもりだったと考えられるそうです。
専門家の方の説明を聞きながら観察できて、とても面白かったです。

次は、豆腐石丁場から歩いて5分程のところにある「八人石丁場」。
この岩の下には、石を切り出しているときに下敷きになってしまった八人の石工たちが
眠っていると言われており、名前の由来にもなっています。
ここで石を切り出し、すぐ横にある沢から海に運び出していたと考えられます。
そしてここも黒田家の丁場であったことが、永楽銭紋が刻まれていることから分かっています。
1620年頃、江戸幕府が大坂城再建のため全国63藩の大名に石材の切り出しを命じたそうです。
そのときに、幕府からの情報を早く仕入れた藩から、いい石が採れる場所に石丁場を確保したそうで、
小豆島ではそのような有力大名がいる8藩が切り出しを行なったのではないかと言われています。

最後に行ったのは、現役稼動丁場「湊総業」。
この丁場からは、宮城県へ漁港復興のため石材を運んでいるそうです。
小豆島で石産業が最も栄えていた頃は80社以上あったといわれる丁場ですが、
現在稼動しているのは、この丁場を含む2社だけとなってしまいました。
丁場が閉じてしまうと石文化や加工技術が途絶えてしまいます。
ここでは昔使われていた石割りの技術を、石工の方に実演いただきました。



石の重さは約6t。石目の向きによって割り易さが異なるそうですが、今回は一番割りにくい「かさね」と
言われる向きに挑戦されました。ノミで彫った矢穴にセリガネを挟み矢を打っている状態です。
矢はウバメガシの木が使われていました。金属の場合もあるそうです。並んだ矢を順番に3人の石工が
玄能(げんのう)という道具で叩きます。キーン!コーン!と鉄琴のような音がリズムよく響きました。
叩きつづけること約15分・・・割れませんでした。
残念でしたが、石割りが簡単な作業ではないことがよくわかりました。来年のリベンジに期待します。

福武ハウスのグラウンドでは、鍛冶仕事の実演を見学させていただきました。
矢穴を掘る丸ノミと、石割りや積石につかう玄能に、焼きをいれる作業です。
熱した炭のなかに丸ノミの先をいれると、少し白くなりました。こうすると、先端が丈夫になるそうです。
石を割るには、鍛冶仕事の役割も重要であることがわかりました。

午後からは、体育館でシンポジウムが開催されました。会場はほとんど満員。
最初は、同志社大学準教授の津村宏臣先生、兵庫県立考古博物館長の石野博信先生、
同志社大学文化遺産情報科学研究センターの渡邊俊祐さん、東京文化財研究所の朽津信明先生
小豆島町「世界遺産化」対策室学術専門員の川宿田好見さんが、基調講演をしてくださいました。

そのあとは、香川大学工学部教授の長谷川修一先生、前大阪城天守閣館長の中村博司さん、
小豆島町の塩田町長を交えて、フリーディスカッションが行なわれました。
朽津先生は、昔の人々は石に永遠性を求めていた とおっしゃいました。
「木と違い石は腐らないので、未来に何かを残すために石が使われていた。ただ、石を信じていたからこそ
扱いがおろそかになっていたこともあり、石自体の文化が未来に伝えられない危機が迫っている。」

この言葉をきっかけに、ディスカッションは石文化の継承について話が進みました。
未来への判断をするために過去を調査しているとおっしゃった長谷川先生は、
石文化消滅の危機には、地域の取組みが最も大切ですが同じ問題を抱える世界の人とも
協力をし合っていかなければいけないとお話くださいました。

塩田町長は、東瀬戸内海の石文化を世界遺産にしたいとおっしゃっています。
小豆島の石文化を守っていくためには、世界遺産になることよりもむしろ、
みんなが団結して同じ方向を目指すことが大切だと言われました。

石文化に限らず、伝統芸能文化にしても、アートでの地域活性にしても、同じ事が言えると思います。
2日間、小豆島の石について学べたことはとても大きな収穫でした。
記録することや伝えることの大切さも感じます。

11月8日は、石の文化誕生シンポジウム以外に、eiでもイベントがありました。
調理する音や食べる音をサンプリングして音楽を作る「EATBEAT!」です。
私は参加できませんでしたが、こちらのページ「物語を届けるしごと」で、
イベントレポートを書いてくださっています。

食と音楽がそれぞれの楽しさを高め合っているこのイベントのように、
石文化を守るためにアートの取組みが関係できるかもしれません。
分野ごとに悩むのではなく、合わせることでそれぞれがプラスになる可能性が
あるのではないかと考えています。

長くなりましたが、石文化を通して小豆島全体を考えるきっかけになる一週間でした。

2014年11月1週目|偶然の再会がありました

醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフ・こにしです。

少し冬の気配を感じはじめた11月初め、大阪からとても愉快な方々が来島しました。
吉本新喜劇のみなさんです。池乃めだかさん、内場勝則さん、未知やすえさんなど関西で大人気の顔ぶれ。
《「吉本新喜劇」爆笑!小豆島特別公演》が行なわれたのです。
11月2日には土庄町立中央公民館で、3日にはサン・オリーブでそれぞれ2回ずつ公演がありましたが、
どの回のチケットもすぐに売り切れてしまったそうです。

私は残念ながら観に行けなかったので、観た方に感想を伺いました。
お話は小豆島が舞台となっており、小豆島の取材に訪れた記者役にむけて、たくさんの小豆島の魅力が
PRがされたそうです。なかでもヤノベケンジさんの作品《トらやん》の黄色いアトムスーツを着た
池乃めだかさんが登場するシーンはとても盛り上がったとのこと。小豆島町長や島の方々も出演されました。

詳しくは小豆島町長がブログに書かれています。
町長の「八日目の蝉」記|第1314回 抱腹絶倒の「吉本新喜劇」
町長の「八日目の蝉」記|第1315回「落語」の教訓

そんな面白い吉本新喜劇を見逃した私はその頃、横浜と東京にいました。
友人の結婚式のために行きましたが、ついでにたくさんのアートに触れてきました。

横浜の港では、「スマートイルミネーション2014」という光のイベントがありました。
偶然、会場のすぐそばのお店で夜ごはんを食べていたのですが、
ふと窓をのぞくと、隣のビルに見覚えのある顔が!!

夏の会期中、馬木や坂手を歌って歩いたり、たくさんのスイッチ演劇を披露してくださった
ままごとのメンバー 山本雅幸さんの顔です!
外に出てみると、他のビルにも顔顔顔・・・

これは、ままごと主宰の柴幸男さんと明りのアーティスト高橋匡太さんがコラボレーションした
《たてもののおしばい》という作品です。
港を囲む建物に特殊なプロジェクターで人の顔が映し出され、それぞれお喋りをはじめます。
私がごはんを食べていたビルは、風邪気味だと喋っていました。それぞれ性格を与えられた建物たちが
とても愛おしくなり、温かい気持ちになる作品でした。

東京では、六本木にある美術館 21_21にて「活動のデザイン」という展示があり、
7月にeiでダンボールのワークショップを開いてくれた織咲誠さんや、
坂手港周辺の開発に取り組んでくださるo+h(大西麻貴さん、百田有希さん)が出展されていました。
偶然、会場には織咲さんがおられお話できました。

こちらが織咲さんの作品《ライン・ワークス》の一部。
線の引き方で、世界中のあらゆる問題が解決できるのではないかという考えのもと、
たくさんの線の在り方を紹介されておられました。
たとえば、斜めにカットされた金属パイプ。
カットするラインを斜めにするだけで、パイプの重みに偏りができて転がらなくなります。
「これで世界中の人が、落として転がるパイプを追いかけなくてもすむよね!」と力説してくださいました。
些細なことですが、それだけで大小様々な問題がいくつも解決できる線の引き方、とても面白かったです。
また、他のお客さんにお話されているときも、小豆島での活動や魅力を熱心に語っておられました。
織咲さんの小豆島への愛をひしひしと感じました。

こちらはo+h(大西麻貴さん、百田有希さん)の作品《望遠鏡のおばけ》です。
たくさん重なる筒をのぞくと会場内の他の作品の一部が拡大されたり反転されて見えます。
現代社会のなかで、ものごとを見たままに受け入れがちな私たちに、
自分の視点そのものについて考えさせる作品でした。

この展覧会は、10月24日から来年2月1日まで開催されています。
いま思えば、百田さんは展示が始まる直前の慌ただしい時期に、
太鼓台奉納祭りに参加しに小豆島まで来てくださっていたのでした。
小豆島のことを本当に大切にしてくださっていることに気付き、とても嬉しかったです。

美術館のなかでは、またまた偶然に《Creator in Residence「ei」》で滞在制作を行なった
デザイナーの西尾健史さんにもお会いしました。たくさん偶然の再会があり驚きましたが、
小豆島での出会いは、不思議な強さがあるのだろうと思います。

都会でこんなに活躍されておられる有名なクリエイターのみなさんが
小豆島に「ただいま」と帰ってきてくださる関係ができていることが、
あらためて本当に本当に素晴らしいと感じます。

私はそんなクリエイターのみなさんを、小豆島で「おかえり」と迎える日を楽しみにしています。
その時に、一緒に「おかえり」を言える小豆島の人たちがもっと増えれば嬉しいです。

土庄町巡り|眠る宝に出合いにいきました

醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフ・こにしです。

牛の形をしているといわれる小豆島には、ふたつの町があります。
牛のノド、前脚、お腹、後脚、尾の位置にあたる南東部が小豆島町。
頭、背中、腰にあたる北西部が土庄(とのしょう)町です。
小豆島の西側にある豊島、小豊島も土庄町に含まれます。

私たち醤の郷+坂手港プロジェクトのスタッフが活動しているのは
小豆島町になりますが、お隣の土庄町にもたくさんの魅力が秘めているとのことで、
10月29日に、勉強会として土庄のいくつかのスポットを巡りました。

まず最初に行ったのは、小豆島八十八ヶ所の第54番礼所である「宝生院」。
宝生院には、国指定特別天然記念物に指定されている樹齢1500年のシンパクの樹があります。

1500年前というと古墳時代、その歴史の深さにも驚かされますが、
出合った瞬間、その巨大さに圧倒されました。
一株の樹とのことですが、1本で森をつくっているかのような大きさ。
歴史を重ねた貫禄と、まだまだ膨れあがりそうなその姿からは怪物のような生命力を感じます。

次は、ご存知の方も多い「大観音」。
山の上にたつ白くて大きなあの観音さまです。
その足元に《しあわせの駅》という作品が完成しました。

醤の郷にある作品《おおきな曲面のある小屋》を建てられた島田陽さんの作品です。
白い円が重なるようなこの作品は、ハスの葉をイメージされています。
2つだけ透明の円がありますが、こちらは偏光板のようで、
太陽の光が青やピンクの影となり地面に写ります。
今後、この作品は正式なバス停となるように進めるそうです。

その《しあわせの駅》からほど近い場所にある第72番礼所「奥之院 笠ヶ瀧寺」。
こちらは足腰の強い方、鍛えたい方にぜひ行ってほしいです。
長い階段は車でショートカットすることもできますが、途中からは自力で行くしかありません。
本殿までは、まさにロッククライミング。

登り着いた本殿は洞窟にあります。そこには指守りと呼ばれる指輪が山積みになっていました。
なにかと思えば、笠ヶ瀧寺の指守りを持って願いが叶ったら、また指輪を返しにくるようです。
本殿からの眺めは絶景!ぜひ登ってみてください。

帰りももちろん岩場を下ります。
パワースポットといわれるだけあって、自分が普段使っていないパワー(体力)も感じるお寺でした。

少し疲れたので、今度はオリーブの樹をみて癒されることに。
ただのオリーブの樹ではなく、なんと樹齢1000年!

3年前にスペインからやってきたそうです。
シンパクとは違って可愛さがありますが、オリーブにしてはすごく逞しいです。
背面には海が広がり、絵になる風景をみて疲れが飛びました。

体力を取り戻して、次は「重ね岩」へ。
こちらもまた、岩山にあります。階段を登っていくとまた岩壁。
笠ヶ瀧寺よりは緩やかとはいえ、この日2度目のロッククライミングです。
登っている途中にもきれいな景色が見えますが、頂上は本当に感動的な眺めです。

大きな海と空の間には、小豊島と豊島が浮かんでいます。その少し右には岡山県が見えます。
小豆島に暮らしているからには、この景色は見るべきです。

もちろん重ね岩もとても壮大です。どうしてこんな状態になっているのか、
どうやって重ねたのか、大きな自然の力を感じる場所でした。

脚がガクガクになりつつ、まだ巡ります。番外礼所「山之観音」へ。
ここは山奥にあります。本当にこんなところにあるのか・・・という不安を
抑えながら進むと、右手に山田ダムが現れ、さらにその奥に山之観音があります。
なぜこんなに山奥にあるのか不思議なほど美しいお寺です。
誰もいない京都の寺院に来たような気持ちにさえなりました。

入ってすぐにたくさんのお地蔵様、左手には岩山、奥にはおそらく寒霞渓、
右手には山水が穏やかに流れています。どこを向いても美しいです。
気軽にこれる場所ではないかもしれませんが、ぜひ訪れてほしいと思う場所でした。

最後は、第81番礼所「恵門之不動」。ここもかなりの山奥です。
途中でイノシシに遭遇しつつ坂道を上がっていくと、階段に辿り着きました。
この日何段の階段を上ったでしょうか、、、

そして、わかるでしょうか。階段の奥に見える岩壁と鎖。
この日3度目のロッククライミングです。
(横に階段があるので、そちらを登る方がオススメですが・・・)
息切れしながら本殿に到着しました。ここも本殿が洞窟のなかにあります。

小豆島には、洞窟のなかにあるお寺がたくさんあります。
古くから石の文化が残る小豆島ならではの特徴なのかもしれません。

恵門之不動を後にして、福田方面(小豆島の北東部)をまわり、坂手港へ戻りました。
自動車の走行距離は約110km。小豆島は大きな島なのだと実感します。
私たちは1日で7カ所を巡りましたが、これは結構ハードです。
ひとつひとつ訪れても十分に満足できる場所ばかりだと思います。

土庄巡りをしてみて、こんなにたくさんの観光資源が眠っていることに驚きました。
地元の方も意外と行ったことがない場所が多いと聞きます。
いつでも行けると行かないのは、とてもよくわかりますが、
島外に誇るべき魅力があることを、島民のみんなが知っていくことが大切だと感じます。

島外から訪れた人に、案内したい場所が増えました。
人から教えてもらったり探検をすれば、まだまだ素敵な場所が見つかりそうです。
島外の方は、できれば何度も小豆島に来てみてください。
来るたびに小豆島を好きになると思います。

そして、この資源をどう活かしていくのか、守っていくのか考えるうえで、
自然に、文化・アートと結びついていくように感じます。
まだまだ、気がついていない小豆島の魅力がたくさんあると思います。
宝の島のようです。この島に暮らしていることを誇りに感じた一日でした。